関西ハイキング

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文豪・谷崎潤一郎「細雪」のモデルとなった邸宅『倚松庵』|関西ハイキング(神戸市東灘区)

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谷崎潤一郎の旧邸『倚松庵(いしょうあん)』

谷崎潤一郎は、この『倚松庵』に昭和11年から昭和18年まで住んでいました。
『倚松庵』の名は、松に寄りかかっている住まいという意味だそうです。
この辺りは今でも松が多く茂っておりその名が使われました。
また、『倚松庵』の“松“は松子のことでもあり、夫人への深い愛を表しています。

 

この谷崎潤一郎の旧邸『倚松庵』では、夫人の松子や彼女の妹・重子と信子と暮らしています。船場の女である姉妹の日常を観察し「細雪」に書き始めたのもここです。

 

[谷崎が詠んだ“倚松庵十首“から]
けふよりはまつの木影をた〻頼む
身は下草の蓬なりけ
さだめなき身は住吉の川のべに
かはらぬまつの色をたのまん

 

1階洋間

倚松庵の心臓部ともいえるこの部屋は、「細雪」の中でも一番よく出てくる場所です。
家族の団欒、来客の応待は主としてここで行なわれ、蒔岡家の<陽>なる部分の象徴になっています。

1階風呂場

谷崎潤一郎が使っていた風呂をそのまま、後に住んだ児山さんが使っていました。
ガスにせず薪(まき)や紙くずを使って焚いていたおかげで、今でも五右衛門風呂は残っています。

2階東の部屋

幸子・貞之助夫婦の寝室であり幸子の居室であるこの東の部屋は、東に一間、南に一間半の窓があり欄干があります。
陽光がさしこみ、家中で一番明るく広い場所です。

 

小説「細雪」のあらすじ

大阪船場の旧家蒔岡家の四人姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子の話。

雪子と妙子は本家鶴子の夫と折り合いが悪く、ほとんど芦屋の貞之助、幸子夫婦宅に居ついていた。

幸子には、御大家であった昔の格式にとらわれて三女雪子の結婚が遅れているのが、最大の悩みだった。因循姑息で万事おっとりした古典型美人の雪子とは対照的に、四女妙子は人形の製作をしたりして、自立心のある近代的な娘であったが、若い時船場の道楽息子奥畑とのスキャンダルが新聞種になってから姉達の負担になっていた。

雪子は何度も見合いをするがどれもうまくいかず、妙子は奥畑と交際を続けながら、洪水の時の命の恩人、カメラマン板倉と恋に陥る。

やがて板倉は急死し、以来妙子は自棄になり、バーテンの三好の子を死産する。一方、雪子はついに華族の末裔御牧との縁談が成立するが、その日が迫ってきても心から楽しめないのであった。

 

倚松庵の場所と開館日時

住所:神戸市東灘区住吉東町1−6−50
開館時間:10時から16時
開館日:土曜日、日曜日
入館料:無料

敷地面積:440.97㎡
建物面積:延床面積148.92㎡
構造:木造瓦葺二階建
建築年月:昭和4年8月